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ブラジルGP:インテルラゴス・サーキット

| グランプリ | ブラジルGP | 開催地 | サンパウロ |
|---|---|---|---|
| 全長 | 4.309 km | 周回数 | 71 |
| レース距離 | 305.909 km | 決勝開催日 | 11月7日 |
◆最初のブラジルGPは、1972年に、現在のブラジルGPの舞台として定着しているサンパウロのインテルラゴス・サーキットで開催された。その後、1978年から1989年までは、リオ・デ・ジャネイロのオートドロモ・ジャカレパグアに一時移動したが、1990年から再びインテルラゴスに戻ってブラジルGPは開催されている。
◆ ブラジルGPは、日本にゆかりのグランプリだ。1987年には、中嶋悟が日本初のフルタイムF1ドライバーとしてビデューの舞台(リオのジャカレパグア) となり、2007年には、その長男の中嶋一貴がウィリアムズてF1デビュー(サンパウロのインテルラゴス)を飾った。さらに2009年には、小林可夢偉がトヨタ・チームのドライバーとしてデビュー戦を迎えることになった。
◆ 中嶋悟がデビューした1987年のブラジルGP初日の金曜日、真っ先にコースインしたのは中嶋悟の黄色いロータスだった。ピットから遠く離れた巨大スタンドから大歓声が上がった。ブラジルは元々日本びいきの国として知られていたが、日本人の中嶋にこれほど大きな歓声が上がるとは驚きだった。
◆ 中嶋悟は、ゆっくりとコースを進み、やがて大歓声が上がった巨大スタンドの前に差しかかった。と、スタンドからブーイングが上がった。遠くで見た黄色いロータスに乗るのが、中嶋の同僚のアイルトン・セナと思い込んだ勘違いの大歓声だったのだ。勝手に間違えておきながらのブーイング。ブラジルの明るくストレートな国民性を象徴するワンシーンだった。
◆ インテルラゴス・サーキットは、バンピーな路面と不安定な天候で、スペクタクルなレースの舞台となることで知られる。2008年には、マクラーレンのルイス・ハミルトンとフェラーリのフェリペ・マッサのタイトル争いが、最終線の最終ラップの最終コーナーで決まるというまるで小説のような展開を呼んだ。これも、終盤にコースを濡らした雨が作ったストーリーだった。
◆ インテルラゴスのもうひとつの特徴は、反時計周りであること。左に曲がりながら駆け下る第一コーナーは、毎年スタート直後に混乱を呼ぶ難所として知られている。コース改修によって路面のバンピーさは減少したが、半分が高速で残りの半分はテクニカルという手を焼くシチュエーション。他のコースにも増して、「ダウンフォースとドラッグの良いバランスを見つけなければならない」とエンジニアは異口同音にコメントしている。
◆サンパウロの治安は、GP開催国の中で最悪とも。数年前にトヨタのスタッフが暴漢に襲われ、以後トヨタF1チームの経営陣は、防弾ガラス付きのリムジンでサーキットに"通勤"していた。
◆レースは、4.309kmのコースを71周して行なわれる。
◆コースレコードは2004年にJ.P.モントーヤが記録した1分11秒473。
◆2009年のウィナーは、レッドブルのマーク・ウェバー。
ブラジルGP
F1 2010
- Round 01: バーレーンGP
- Round 02: オーストラリアGP
- Round 03: マレーシアGP
- Round 04: 中国GP
- Round 05: スペインGP
- Round 06: モナコGP
- Round 07: トルコGP
- Round 08: カナダGP
- Round 09: ヨーロッパGP
- Round 10: イギリスGP
- Round 11: ドイツGP
- Round 12: ハンガリーGP
- Round 13: ベルギーGP
- Round 14: イタリアGP
- Round 15: シンガポールGP
- Round 16: 日本GP
- Round 17: 韓国GP
- Round 18: ブラジルGP
- Round 19: アブダビGP
- 2011_f1gp: 2011年
- 2010: 2010年
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