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レッドブル・レーシング:マーク・ウェバー
- セバスチャン・フェッテル
- マーク・ウェバー

バイクのモトクロスからレーシング・カートに転身。その経歴も異色だが、F3を戦った後にGTやスポーツカー・レースを経由した苦労人。F1も最初から才能が華開くというパターンではなく、テールエンダーのミナルディで修行を積んだ。
2002年のデビューから数えて8年目の2009年、プレシーズンに右足を骨折し、リハビリ生活を続けるという最悪のスタートとなったが、第9戦ドイツGPで、132戦目にして初めての優勝を飾った。優勝が決まった瞬間、普段は物静かなウェバーは、コックピットの中で"Yes! Yes! Yes!"と叫びながら喜びの感情を爆発させたが、この初優勝は、ペナルティのピットインをしながら大逆転というオマケ付き。さらに予選のポール・ポジションも初めてだった。その後、第16戦のブラジルGPでもう一度優勝して、初勝利がフロックではないことを証明した。
2010年は、セバスチャン・フェッテルとのチームメイト同士で、激しいバトルを展開する。中でもトルコGPで1-2体制を築いていたウェバーとフェッテルが接触。二人の不仲の話題のなかで、最終戦までタイトルを賭けて争った。常にポイントリーダーとしてタイトルに一番近い位置にいたが、第17戦の韓国GPでリタイアして以来、フェラーリのフェルナンド・アロンソにポイントで先行され、最終戦までタイトル獲得の可能性を残しつつも、逆転できず、ランキング3位でシーズンを締めくくった。実は第15戦のシンガポールGP後に、趣味のマウンテンバイクで走行中に転倒して骨折していた。
2011年は、全19戦10回表彰台に上がり、ランキング3位だったものの、快進撃を続けるチームメイトのフェッテルとは対照的に、前年ほどの勢いはなく、優勝も最終戦のブラジルGPの1回のみだった。
最初に注目を集めたのは、2002年の開幕戦。レース終盤の大詰め、デビューしたばかりのトヨタを駆るミカ・サロとのバトルで、背後からウェバーにプレッシャーを与え続けたサロがスピン、その隙に極貧ナミルディを5位に入賞させ、母国のファンから喝采を浴び、地元を中心に、一気に人気ドライバーとなる。
| 出身国 | オーストラリア |
|---|---|
| 参戦 | 2002年 |
| カーナンバー | 2 |
| タイトル | 0 |
| 誕生日 | 1976年8月27日 |
| 公式サイト | http://www.markwebber.com/ |
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