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F1に燃え、ゴルフに泣く日々。/山口正己

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2014年9月26日

アレックス・ザナルディに、もう一度ありがとう!

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◆フェイスブックに、ザナルディのストーリーを描いた動画が紹介されていた。早速、フェイスブックにシェアして泣いた。

◆ザナルディには、何度も泣かされた。もちろん、今回が最新、その前は、パラリンピックの金メダル、その前は、モンツァのパドックで歩いているのを見て、思わず駆け寄って握手したら涙があふれた。それは、以前、オートファッション誌に書かせていただいた以下の文章があったからだ。このストーリーをアメリカンレースングのオーソリティ、ヒコちゃんこと天野雅彦から聞かされた時が最初泣いた時だった。

◆お暇な方は、どうぞ。素晴らしすぎるザナルディとその奥方。泣けますm(_ _)m。

・・・・
『AUTO FASHION』誌のためにアクシデントの翌月である2001年10月5日に書いた原稿。

アレックス・ザナルディ
 モーターレーシングは危険も内包していて、時には悲惨なアクシデントも起きる。だが厳しさゆえに、そこから素晴らしい感動のストーリーが生まれることもある。9月17日、世界を震え上がらせた同時多発テロの週末に、ドイツのユーロスピードウェイで起きたザナルディの事故はまさにそれだった。

 CARTシリーズ第17戦、ジャーマン500が大詰めを迎えた時、アクシデントは起きた。ザナルディは両足切断という深刻な状態に陥った。一時は生命も危ぶまれたが、その状況から素晴らしい感動を関係者やファンに与えてくれたのだ。

 アレックス・ザナルディは、1996年にF1からCARTに転身、手始めにルーキーオブザイヤーを奪い、翌年、圧倒的なパフォーマンスでチャンプカーの王座を射止め、さらにその翌年も連続チャンピオンを奪った。その余勢を駆って1999年F1に復帰。しかし、今をときめくラルフ・シューマッハとのコンビで戦ったウイリアムズでの成績は、チャンプカーの王者を打ちのめすに充分だった。入賞はおろか完走さえ覚束ない。傷心のザナルディは、1年間休養を決め、再び自らの力を証明するために、チャンプカーシリーズに挑戦することにしたのだった。

 しかし、ザナルディの思惑とは裏腹に、かつての韋駄天ぶりを見せることなくシーズンは進んでいた。そして迎えた第17戦は、ヨーロッパで初めてのCARTレース。そこでザナルディは、今年最高の走りを見せていた。雨で予選は中止になったが、レースの朝のフリー走行では、チームメイトのトニー・カナーンと共に、1-2のタイムを記録、意気揚々とレースに臨んだ。

 予選が中止され、シリーズポイント順のスターティンググリッドだったから、トップタイムをマークしながらザナルディは、後方集団の中からスタートを余儀なくされた。しかし、そのハンディをものともせず、ポジションをグイグイと上げ、最後の給油を済ませていた。この調子で行けば、久々の美酒が味わえる。

 そう確信したザナルディは、懇親の力を振り絞ってピットアウトした。しかし、速すぎた。勢い余ったワインレッドのマシンは、ピットレーン出口でスピン、本コースにはみ出して止まった。そこは、コンクリートフェンスで本コースから見えない位置だった。時速300kmを越えるスピードで走って来たアレックス・タグリアーニがザナルディのマシンを発見した時は、すべてが手遅れの時だった。

 ザナルディのスピンはミスだったのだろうか。ユーロスピードウェイの出口は、ピットのスピード制限が解除されてから全開加速ができてしまう広さがあった。そもそも、そういう場面でアクセルを抜いているようでは勝利の女神には出会えない。そこでアクセルを抜かないことが優れたレーシングドライバーの証明だ。このレースを終えた翌週、イギリスのロッキッガムで行なわれた第18戦を前にして、ドライバーたちが最初に主催者に要請したのは、ピットのスピード制限区間の延長だった。

 タグリアーニのブルーのマシンは、ちょうどザナルディのマシンの前輪とサイドポンツーンの間にノーズを突っ込む形で激突した。もう少し前ならもちろん、僅かでも後ろだったら、強度の高いクラッシャブルストラクチャーが衝撃を吸収して、事態はもっと軽く済んだかもしれない。

 いくつもの不運が重なって、ザナルディは両足を失った。事故からしばらく、医師団はショックを和らげるために、ザナルディを昏睡状態のままにした。ザナルディが眠り醒めたのは、事故から4日目の木曜日。奥さんのダニエラさんが、辛い状況を伝える役目を受け持つことになっていた。

 自分の身体の状況を聞いたザナルディは、さぞショックだろう、伝える夫人の辛さも、想像するだけで眉間のシワが深くなる。そう考えるのが順当な常人の神経だ。しかし、違ったのだ。

 もちろん、ふたりが辛かったことは想像に難くない。しかし、ストーリーの進みかたはまったく違っていた。

 ザナルディは、とても気分よく麻酔の覚醒から覚めた。あまりの気分の良さに、傍らのダニエラに、"ここは天国?"と聞いたくらいだった。ダニエラは嗚咽を押し殺して、"天国じゃないわ。アナタは生きているのよ"と優しく語りかけ、そして気丈に続けた。"でも、両足がないの"。

二人の間に時間が止まった。世界中が凍りついたような時間。しかしザナルディは、彼女を見てこう言った。「キミと息子がいる。他のものはいらない」。

 話はそれだけでは終わらない。ダニエラは、同じベルリンの病院に入院していたアクシデントの相手であるタグリアーニを見舞った。そして、ザナルディに衝突して責任を感じて落ち込んでいたタグリアーニに言った。「アナタが悪いんじゃない。一生懸命避けようとしてくれたから、アレックスは生きているの」。

 アメリカを専門に取材する友人の天野雅彦は、レーシングオン誌にそのことを書いて"凄い夫婦だ"と結んだ。それを読んで私は泣いた。そして、ザナルディとダニエラの偉大な勇気に感謝して、第二の人生に拍手を送った。

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◆この拍手だけでは全然たらないすさまじいチャレンジをやってのけて感動を与えてくれたザナルディに、改めて感謝したい。Grazie mille!  Arex!

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